天の川銀河の中心部で「ぶたのしっぽ」分子雲を発見
Pigtail分子雲とその周辺のイメージ図
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<研究概要>
慶應義塾大学の松村真司氏、岡朋治准教授らの研究チームは、国立天文台野辺山宇宙電波観測所の45メートル電波望遠鏡を用いた観測によって、特異ならせん状構造を有する分子雲を発見しました。研究チームは、分子雲の形態から「ぶたのしっぽ(pigtail)」分子雲と名付けました。
「ぶたのしっぽ」分子雲は、太陽系から約3万光年の距離にある天の川銀河の中心部に位置しています。天の川銀河の中心部においては、巨大分子雲は銀河中心を周回する二つの軌道群に沿って運動しています。「ぶたのしっぽ」分子雲の根元は、この二つの巨大分子雲の軌道が交差する位置にあたります。研究チームは、この領域で観測された複数の分子スペクトル線を詳細に解析し、異なる軌道にある二つの巨大分子雲がまさに「ぶたのしっぽ」分子雲の根元で衝突していることを明らかにしました。これらのことから、「ぶたのしっぽ」分子雲のらせん状構造は、二つの異なる軌道にある分子雲がこすれるように衝突し、そこでねじられた磁力線の束に伴う構造であると考えられます。
(補足)ガスのらせん形状は、ねじれた磁力線が原因と考えられています。太陽コロナ(太陽の上層大気を覆う、温度およそ100万度の非常に高温なプラズマガス)や銀河中心にある超巨大ブラックホールと関連したジェット等の磁力が関わる天体現象で時折見られる構造です。
<背景>
私たちの住む天の川銀河の中心から半径約600光年の領域は、恒星とその材料となる分子ガスが大量に密集しています。分子ガスは濃密な「分子雲」となり、銀河中心核のまわりを主に二種類の楕円軌道(注1)に沿って運動していると考えられています。これら二つの楕円軌道群は入れ子構造を成しており、銀河円盤上の二つの位置で交差します。交差点では分子雲同士の衝突が頻繁に起こります。これまでの研究では、この分子雲同士の衝突によって、ガスが圧縮され、活発な星形成活動の引き金となる可能性が指摘されています。また過去に行われた電波観測から、銀河中心領域では銀河円盤に対して垂直な方向にのびた電波源がいくつも確認されています。これは、銀河円盤に垂直で約1ミリ・ガウス(注2)の強さを持つ磁力線の束がこの場所に存在していることを示しています。ただ、その垂直磁場が半径約600光年の銀河中心領域全域にわたって存在しているのか、あるいは局所的なものなのかは永らく議論の的となってきました。
注1)天の川銀河には長さ約12,000光年の棒状構造があり、これに平行および垂直方向に伸びた2種類の楕円軌道群(以下、x1, x2軌道)に沿ってガスは運動しています。うちx1軌道は棒状構造に平行方向、x2軌道は棒状構造に垂直な方向に伸びた、銀河円盤内の楕円軌道です。 注2)ガウス :磁場の大きさを表す単位。フェライト磁石で数千ガウス、地磁気で約0.4 ガウス(東京近辺)。ミリは千分の一を表します。
- 図1) 一酸化炭素115 GHz回転スペクトル線の積分強度分布
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<本研究の詳細>
研究チームのメンバーである長谷川氏は、国立天文台野辺山45m電波望遠鏡を用いて取得した一酸化炭素分子の放つ115 GHz回転スペクトル線の大規模データを精査していたところ、らせん形の分子雲の存在に気がつきました。らせんの大きさは約60光年×60光年に及びます。「何だ、これは?」と不思議に思った長谷川氏は、共同研究者である岡氏にメールを送りました。早速、岡氏らは同領域のASTE(Atacama Submillimeter Telescope Experiment:アステ)によるデータを確認しました。すると、一酸化炭素分子が放つ346GHzスペクトル線のデータにも、同様のらせん形状が見つかりました。ただ、これらのデータでは、らせん形状は明瞭ではありませんでした。「それで、らせん形状を確認し、さらに、何が原因で特異ならせん形状の分子雲が形成したのか明らかにしたいと、追観測を提案しました。」と岡氏は語ります。
その形状から「ぶたのしっぽ」分子雲と名付けられた分子雲の追観測が、野辺山45m電波望遠鏡によって行われました。「『ぶたのしっぽ』分子雲の形成の謎を解明するため、物理状態を探る手がかりとなる他の6つの分子の回転スペクトル線による高精度観測を行いました。」と松村氏は説明します。追観測によって、「ぶたのしっぽ」分子雲の明瞭かつ美しいらせん構造が姿を現しました。観測データから、「ぶたのしっぽ」分子雲は、太陽数十万個分という大量のガスを含んでいることも明らかになりました。
一方、複数の分子スペクトルの解析結果から「ぶたのしっぽ」分子雲は周囲に比べてやや高温・高密度[Tk~30 K、n(H2)~103.5 cm–3] であることがわかりました。また、衝撃波起源の分子である一酸化ケイ素 (SiO) の存在度が上昇していました。これらは、激しい衝撃がこの周辺で起きたことを意味します。「ぶたのしっぽ」分子雲の根元には –40キロメートル毎秒と –110キロメートル毎秒の視線速度を持つ二つの分子雲が重なっています。正に「ぶたのしっぽ」分子雲と重なる位置で、これら二つの分子雲を橋渡しするガスが検出されました。「観測結果を総合的に考えると、二つの巨大分子雲の衝突が『ぶたのしっぽ』分子雲の形成に深く関わっていると考えられます」と松村氏は結論づけます。
以上の観測事実から、研究チームは次のような「ぶたのしっぽ」分子雲形成シナリオを提唱しました。
1)銀河中心核のまわりの主要な二種類の楕円軌道に沿って運動する二つの巨大分子雲に、銀河円盤に対して垂直な磁力線の束が挟まれる。
2) こすれるように衝突する二つの巨大分子雲により、磁力線の束がねじられ、らせん状になる(注3)。
3) らせん形状の磁力線の束に捕捉された分子ガスが「ぶたのしっぽ」分子雲を形成する。
研究チームでは、「ぶたのしっぽ」分子雲形成のもとになった1ミリ・ガウス程度の垂直磁場は、局所的に分布していると考えています。磁場が分子雲の場所以外にも広く分布していると今回発見されたようならせん構造は作られにくいと理論的に予想されるからです。また、「ぶたのしっぽ」分子雲の成長に必要な時間は180万年程度と見積もられます。これは二つの巨大分子雲が衝突している時間と同程度です。
注3)まっすぐなヒモを、親指と人差し指でねじると、徐々にらせん構造が形成されます。これと似たことが、はるか宇宙のかなた、天の川銀河の中心で起きているのです。
- 図2) 視線速度の異なる二つの巨大分子雲。緑色の実線は「ぶたのしっぽ」分子雲
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(本研究成果の意義)
「らせん構造を持つ「ぶたのしっぽ」分子雲の発見とその形成過程に迫る本研究成果は、以下の二つの意味において重要なものでした。」と筆頭研究者の松村氏は語ります。「第一に、天の川銀河の中心部において、棒状構造に起因する二つの軌道群の交差がこの位置で確かに起こっていることが示されたこと。第二に、同領域を貫くミリ・ガウス程度の垂直磁場が「局所的」であることが示されたことです。」
これまでにも、二つ、銀河中心の周辺でらせん構造が発見されています。しかし、「ぶたのしっぽ」分子雲は、他のふたつよりも、はっきりとしたらせん構造を持っています。さらに「ぶたのしっぽ」分子雲は銀河系円盤面近くにあることから、円盤面内の分子雲の動きや磁力線の構造を探る重要な手がかりとなりました。
磁力線に関連した構造は、太陽表面から活動銀河核からのジェットに至るまであらゆる種類の天体において見られます。宇宙磁場の研究は、さまざまな天体の形成を理解するうえで重要な意味を持っているのです。本研究成果によって、天の川銀河の中心部における宇宙磁場の役割についての重要な知見が得られたといえます。
<研究論文について>
本研究成果は、2012年9月1日発行の米国の天体物理学専門誌『 The Astrophysical Journal 』に掲載されました。
<リンク>
国立天文台野辺山宇宙電波観測所 http://www.nro.nao.ac.jp
・45m電波望遠鏡 http://www.nro.nao.ac.jp/public/teles.html#45m
・ASTE望遠鏡 http://www.nro.nao.ac.jp/public/teles.html#aste
慶應義塾大学理工学部 岡朋治研究室 http://aysheaia.phys.keio.ac.jp/