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宇宙の生命素材物質の形成過程を解明:
他の惑星系にも生命が存在する期待が高まる

【概要】

国立天文台天文データセンターの大石雅寿センター長を中心とする研究チームは、生命に必須なアミノ酸であるグリシンの前段階物質と考えられるメチルアミンを、国立天文台野辺山観測所の45m大型電波望遠鏡によって複数の星形成領域において検出することに成功しました。同チームは、これまでの研究成果も総合することにより、宇宙に豊富に存在する青酸を出発物質とし、段階的に複雑化することを通じてグリシンが作られている可能性が高いことを世界で初めて観測的に示しました。宇宙由来の生命素材物質は、惑星形成過程で彗星や隕石によって惑星に運搬され、その後の複雑な化学進化を経て生命に至ったと考えられ、他の惑星系にも生命が存在する期待を高める結果と考えられます。

【研究グループ】

  1. 大石雅寿(国立天文台 天文データセンター・センター長 准教授/総合研究大学院大学/自然科学研究機構 新分野創成センター)
  2. 廣田朋也(国立天文台 水沢VLBI観測所・助教/総合研究大学院大学)
  3. 齋藤正雄(国立天文台 野辺山宇宙電波観測所・所長 准教授/総合研究大学院大学)
  4. 海部宣男(国立天文台 元台長・名誉教授/国際天文学連合会長)
  5. 鈴木大輝(総合研究大学院大学 物理科学研究科 天文科学専攻 5年一貫制3年)

【日本天文学会(2014年秋季年会)における関連講演番号】

星間現象セッション(講演は、いずれも9月12日午後、I会場)
Q38a 「CH2NH-rich天体におけるグリシン前駆体CH3NH2の検出」 大石雅寿 他
Q46b 「グリシン前駆体検出天体における有機分子の多様性とその特徴」 鈴木大輝 他

【研究の背景と動機】

「生命はどうやって発生したのか」は人類の根源的問いの一つと言えます。「私達は宇宙で孤独な存在なのか、あるいは、他惑星に仲間がいるのか?」

地球の生命は約35億年前に誕生し、地球環境の変化と共に進化してきました。生体内では多種多様な化学反応が起きており、生命を理解するためには非常に広範な科学分野の密接な連携が必要となります。そして、「宇宙における生命の起源・進化・分布・未来の研究」を目的とするアストロバイオロジーという新しい学問分野が1990年代末に提案され、日本でも多くの研究者がアストロバイオロジーに参加するようになりました。

図1. 星間分子雲中の物質が収縮することにより星とその周囲に惑星が誕生します。生命発生に関する仮説として、分子雲中に含まれていた生命材料物質の一部は彗星や隕石によって運搬されて惑星に降り積もり、さらに複雑な化学進化を経て最初の生命に至ったという考えが唱えられています。大きい画像(222KB)

最近では、「生命素材物質」(アミノ酸、糖、核酸塩基(用語解説1)やそれらの前段階物質(前駆体)などの有機分子)を宇宙から初期惑星環境に持ち込むことが生命の発生にとって重要ではないかとのアイデアも出されています(図1を参照)。1995年の最初の発見以来、太陽系外惑星が1800個以上(2014年8月現在)見つかり、その中には地球に似た惑星も見つかってきました。このため、他の惑星にも生命が存在するかもしれないとの期待が高まっています。実際、国立天文台も参加して建設・運用しているアルマ望遠鏡(用語解説2)が解明を目指す重要な科学テーマの一つに「宇宙のアミノ酸の発見」が挙げられ、また、今年度より建設が始まったTMT望遠鏡(用語解説3)でも、「宇宙生命の兆候(バイオマーカー)」(用語解説4)が大きな研究テーマの一つとされています。

今日では、宇宙空間に希薄なガス雲(星間分子雲)が存在し、その中に分子(星間分子)が多数存在することが明らかになっています。このような背景の下、1970年代の終わりから、最も簡単なアミノ酸であるグリシン (NH2CH2COOH) を星間分子雲で見つけようという複数の試みがありました。しかし、いずれも成功に至っていませんでした。そこで私達の研究グループでは、グリシンそのものではなく、その前段階物質であるメチルアミン (CH3NH2 – 用語解説5) やさらに前段階であるメチレンイミン (CH2NH) に着目しました。メチルアミンと星間分子雲に豊富に存在する二酸化炭素 (CO2) が反応することによりグリシンが生成するので、グリシンの前段階物質が豊富な天体にはグリシンも豊富にあると期待されるためです。しかし、星間分子雲中のメチルアミンやメチレンイミンについては、1970年代に発見されたものの、その後は誰もこれらの前段階物質に着目していませんでした。

一方、NASAが打ち上げたスターダスト (StarDust) 計画によって彗星からグリシンが見つかっています。グリシンが星間分子雲中で生成することを間接的に示すことは、「星間分子雲中のアミノ酸→星や惑星形成と同時に彗星や隕石に取り込まれる→惑星に運搬される→惑星表面でさらに複雑化→最初の生命」、という宇宙と生命との深い繋がりの可能性を示すことになります。

【観測結果】

観測は、2014年3月と5月に、国立天文台野辺山宇宙電波観測所にある45m大型電波望遠鏡を用いて、周波数78 ~100 GHz(用語説明6)の範囲で実行しました。観測に使用した受信機の性能が大変素晴らしく、その結果、私達が既に見出していたメチレンイミン (CH2NH) が豊富な天体中の2つであるG10.47+0.03とNGC6334Fにおいてグリシンの前段階物質であるメチルアミン (CH3NH2) を見出すことができました(図2を参照)。これらの2天体では、今まさに、星が誕生しています。つまり、星が誕生している現場で、グリシンの前段階物質が存在することが明らかになったのです。

今回見出したメチルアミンの存在量を求めたところ、これまでに報告されていた銀河系中心でのメチルアミンの存在量よりも約10倍も多いことが分かりました。つまり、今回メチルアミンが検出された天体は、知られている中で最もメチルアミンが多い天体であるということが分かったのです。

図2. 今回の研究では複数のメチルアミンによる信号線を検出しました。この図では、そのうち、静止周波数79.2103 GHzにあるデータを示します。横軸は周波数。縦軸は温度を単位として表した受信電波の強度。大きい画像(94KB)

私達のこれまでの研究により、メチレンイミン (CH2NH) は、星間分子雲中に豊富に存在する猛毒である青酸 (HCN) に水素 (H) が付加して生成されることが示唆されています。これと今回の私達の研究結果を総合すると、星間分子雲でのグリシンの生成経路として、「HCNへの水素(H)付加によりメチレンイミン (CH2NH) が生成、さらに水素が付加することによりメチルアミン (CH3NH2) に変化し、これが星間分子雲に豊富する二酸化炭素 (CO2) と反応してグリシン (NH2CH2COOH) となる」ことが強く示唆されます。

【研究のインパクトと今後の展望】

1. 私達が得たメチルアミン (CH3NH2) の存在量を、星間分子の存在量を理論的に予測するモデル (R. Garrod, ApJ, 765, id.65 (2013)) と比較してみたところ、両者が比較的良い一致をみることが分かりました。このモデルは、私達が着目したメチルアミンと二酸化炭素からグリシンを生成する反応を考慮したものです。

同モデルによって予測されるグリシンの存在量は、アルマ望遠鏡を用いることにより検出可能である量です。従って、私達の研究結果に基づいてアルマ望遠鏡を用いた観測を実施することにより、過去40年近く成功できなかった星間分子雲のアミノ酸を世界で初めて発見できる可能性が高まりました。

星間分子雲でアミノ酸が実際に発見されれば、宇宙に豊富に存在する単純な物質が徐々に複雑化する過程を経て、やがて、惑星上で生命が発生する、という宇宙的視野に立ったストーリーを描くことができます。

図3. 宇宙の生命素材物質(アミノ酸やその前段階物質等)から、タンパク質やDNA、単細胞生物、多細胞生物を経て私達(ヒト)までが繋がっていることをイメージした図。大きい画像(1018KB)

2. 私達の研究結果により、星や惑星を生み出す母体である星間分子雲中にアミノ酸の前段階物質(や、間接的には、アミノ酸)が豊富に存在することが分かりました。このような生命素材物質は、彗星や隕石により惑星の表面に運搬されて集積し、いくつかの惑星では生命の発生に至ると考えられます。太陽系外惑星に生命が存在し、植物のように光合成をする能力を獲得していれば、その惑星大気中には、光合成の結果生み出された酸素 (O2) やオゾン (O3) が存在すると期待されます。

国立天文台も参加して建設が始まったTMT望遠鏡は、高感度な惑星大気観測によりこれらのバイオマーカーを探査しようと計画しています。私達の研究結果は、バイオマーカー探査計画の科学的重要性を大いに高めることとなります。

【用語説明】

  1. (1) アミノ酸、糖、核酸塩基:全ての生命体に含まれている化合物。アミノ酸がたくさん繋がってタンパク質を構成します。糖はエネルギー源となると同時に、遺伝情報を保持するDNAの基盤になります。核酸塩基はDNAの本体部分を構成し、アデニン、グアニン、チミン、シトシンの4種類があります。
  2. (2) アルマ望遠鏡:Atacama Large Millimeter/submillimeter Array(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計)― 南米チリのアタカマ砂漠に日米欧の国際協力の下に建設・運用されている大型電波干渉計。
  3. (3) TMT望遠鏡:Thirty Meter Telescope(30メートル望遠鏡) ― 日本を含めた6ヶ国が共同で建設する直径30mの光学赤外線望遠鏡。ハワイ島マウナケア山での建設作業が2014年から始まりました。2021年度の稼働開始を目指しています。
  4. (4) バイオマーカー(宇宙生命の兆候):生物活動によって作られたと推測される物質を指す。植物の光合成によって作られる酸素やオゾン、あるいは、葉緑体による吸収信号などが提案されています。
  5. (5) メチルアミン (CH3NH2):東京天文台(現国立天文台)三鷹キャンパスにあった6m電波望遠鏡を用いて、1974年に海部宣男(現国際天文学連合会長、元国立天文台台長)らが発見した星間分子。日本人が発見した最初の星間分子です。
  6. (6) GHz:ギガヘルツ。周波数の単位の一つで10億ヘルツ(1秒間に10億回振動することを意味します)。野辺山宇宙電波観測所の45m大型電波望遠鏡は、70 ~115 GHz(波長に換算すると、約4mm~2.6mm)の周波数範囲で、世界最高性能を示します。

【関連情報】

  • 国立天文台野辺山宇宙電波観測所ウェブページ http://www.nro.nao.ac.jp/
  • アルマ望遠鏡 ウェブページ http://alma.mtk.nao.ac.jp/j/
  • TMT (Thirty Meter Telescope) ウェブページ http://tmt.nao.ac.jp/