太陽の黒点、電波でも黒かった
概要 国立天文台の岩井一正研究員(現情報通信総合研究機構)を中心とする共同研究グループは野辺山45m電波望遠鏡を用いて、ミリ波と呼ばれる電波で太陽黒点の観測を行いました。その結果、ミリ波で見た太陽黒点の中心部が周囲より暗い「黒い点」であることを初めて立証しました。
背景 太陽には黒点と呼ばれる構造があります。太陽黒点には強い磁力が存在し、その影響で周囲よりも温度が低い層が見えます。これが黒点が周囲より暗い「黒い点」として見える原因です。黒点が周囲より暗いというのは当然のように聞こえます。しかしこれが当然なのは可視光で見える領域「光球」だけです。ミリ波と呼ばれる波長数ミリの電波では「彩層」と呼ばれる光球面より上空の大気が見えます。彩層では光球の磁場がどのように広がっているのか分かっておらず、その影響を受ける大気の温度や密度構造も良く分かっていません。大気の構造によっては、そこから放射されるミリ波の黒点は周囲より暗くも明るくもなり得ます。逆にミリ波で見た黒点の明るさは、黒点上空の大気の状態を推測する重要な指標であるとも言えます。しかし、ミリ波では黒点を空間的に分解できるくらい大型の電波望遠鏡を用いた太陽観測は技術的に難しく、これまであまり行われてきませんでした。そこで本研究では、野辺山45m電波望遠鏡を用いてミリ波での太陽黒点観測を試みました。野辺山45m電波望遠鏡は、ミリ波を観測できる電波望遠鏡では世界最大の口径で、黒点の構造を空間的に分解することが可能です。
研究成果 可視光で最も明るい天体はもちろん太陽です。ミリ波でもそれは同じです。通常、天文学では、遠くの天体から発せられる、できるだけ弱い信号を捉えようとします。そのため天文学で用いられる望遠鏡は、できるだけ感度を良くするよう設計されます。どれだけ感度の良い望遠鏡を作るかが観測天文学の歴史そのものと言っても過言ではありません。ところが、太陽電波の観測ではこれがネックになります。例えば、真っ暗な夜道で何かを見つけようと目を凝らしているときに、急に近くでカメラのフラッシュが光ったとしましょう。当然まぶしくて、しばらく何も見えなくなりますね。下手をすると目を傷めてしまう恐れもあります。これは電波望遠鏡でも同じです。暗い天体を観測するために極限まで感度を高めた電波望遠鏡では、太陽の強い電波信号は飽和(サチレーション)し、正常に観測できません。これが、ミリ波の大型望遠鏡は昔から存在するにも関わらず、今まで太陽の観測例が少ない原因の一つです。そこで、本研究では「太陽フィルター」と呼ばれる特殊な電波減衰装置を独自に開発し、野辺山45m電波望遠鏡の受信機に装着しました。太陽フィルターは電波の特性を変えずに強度だけを減衰させるため、安全に太陽の科学観測が可能です。日食観測のときに使う黒い日食グラスの電波版といったところです。

図1は本研究で観測した太陽の全面像です。図1ではNASAの太陽観測衛星「SDO」で観測された紫外線の太陽画像上に等高線で電波の明るさが表示されています。紫から赤になるにつれて電波の明るさ(輝度温度、単位はケルビン[K])が高くなり、緑の領域が太陽の平均的な明るさを示します。紫外線の画像はカメラ撮影のように一度に1枚の画像が得られます。一方、野辺山45m電波望遠鏡では画像中のある1点のみが観測されます。そのため、赤の直線に平行に望遠鏡の向きを少しずつ変えながらスキャンすることで1枚の画像を得ています。
図2は黒点の周辺の拡大図です。黒点はプラージュと呼ばれる明るい領域に囲まれています。図2では電波でもプラージュに対応する領域は明るく見えます。一方、黒点中心は明るいプラージュ領域よりは暗く、周辺の静穏領域と同程度の明るさであることが分かります。

電波望遠鏡の特徴として、望遠鏡が厳密に向いている方向の周辺にも「サイドローブ」と呼ばれる望遠鏡の感度がある方向が存在します。例えば太陽黒点のように、周辺が明るいプラージュで囲まれていると、周辺の明るさの影響を受け、見ている方向の中心領域が実際より明るく見えてしまいます。今回の観測では、この影響を厳密に取り除くことが難しいのですが、少なくとも、黒点中心では、観測結果が実際よりも明るく導出されていることは確かです。すなわち、太陽黒点の中心はミリ波では確実に暗い領域なのです。
今までに提案された数々の太陽黒点モデルでは、ミリ波では太陽黒点は明るいと予測していました。今回の結果とは正反対です。これはミリ波が放射される層「彩層」のモデルが実は全部間違っている可能性を示唆しています。今までの彩層モデルは紫外線や可視光の観測データに基づき構築されてきました。しかし彩層は大気の状態がとても不安定で、紫外線や可視光の放射から大気状態を導出するのは極めて高度な観測と理論が必要ですので、モデルが間違っているのも仕方ないでしょう。一方、電波は彩層大気の状態の影響を受けにくい性質があります。つまり、観測さえできれば、彩層大気の状態をより安定的に導出することができるのです。よって本研究は太陽の彩層大気を診断する新しい手法をもたらしたという点でも注目すべき成果と言えるでしょう。
本研究では大型のミリ波望遠鏡を用いた太陽観測を可能としました。その結果、ミリ波において「黒点は黒い点なのか?」という極めて単純な、しかし誰も答えたことの無い問題を明らかにしました。ミリ波の太陽研究は正に現在最先端の科学です。国立天文台は南米チリにおいて諸外国と共同で大型のミリ波・サブミリ波電波干渉計ALMAを運用しています。本研究で得られたノウハウが活かされ、ALMAでも近い将来太陽の観測が可能となりそうです。ALMAでは今までにない極めて高い空間分解能で太陽彩層の電波観測が可能となります。それは紛れもなく、私たち人類が初めて見る太陽の姿となるでしょう。
論文・研究メンバー この観測成果は、以下の内容で2015年4月発行の米国の天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に掲載されました。 出版論文: Kazumasa Iwai and Masumi Shimojo 2015, ApJ, 804, 48 論文名:Observation of Chromospheric Sunspot at Millimeter Range with the Nobeyama 45 m Telescope 研究メンバー: 岩井一正(元国立天文台野辺山太陽電波観測所、現情報通信総合研究機構/日本学術振興会), 下条圭美(国立天文台チリ観測所)
45m電波望遠鏡による太陽観測は、野辺山宇宙電波観測所スタッフの多大なサポートによって実現したものです。