銀河の「薄いガス」と「濃いガス」の同時観測に成功!
概要 大阪府立大学の村岡和幸助教を中心とする国立天文台、北海道大学、筑波大学、鹿児島大学、山口大学、関西学院大学からなる研究チームは、野辺山45m電波望遠鏡と、それに新しく搭載されたマルチビーム受信機 FOREST を用いて、しし座にあるNGC 2903 という2700万光年離れた銀河の観測を行いました。 45m電波望遠鏡の角度分解能力とFOREST の性能を最大限に活用することで、銀河全体に広く分布する「薄いガス」と、新たに誕生する星の素となる「濃いガス」を、世界で初めて"同時に"観測し、薄いガスと濃いガスそれぞれが、銀河のどの場所に、どれだけの量で分布しているかを明らかにしました。さらに、薄いガスと濃いガスそれぞれの量を元にして、ガスの「濃さ」(密度)を推定することにも成功し、ガスが濃い状態にある場所ほど、新しい星が生まれやすくなっていることを見出しました。 この結果は、銀河の中で新たに誕生する星の数がどのように決定されるのかを解明する、重要な手がかりとなります。

研究の背景 一般的な銀河は、星、その材料となるガス、大きさが1ミクロン以下の"ちり"という主に3つの成分からできています。銀河でどのように星が生まれ、また物質が循環し、長い時間をかけて進化していくかを解き明かすためには、このような星、ガス、"ちり"の3成分が、どこに、どれだけの量で存在しているかを知ることが不可欠です。このうち、星については可視光や近赤外線の画像が、"ちり"については遠赤外線の画像が、数多くの銀河(数百個やそれ以上)で獲得されています。しかし、ガスに対応する電波の画像はせいぜい数十個の銀河にとどまっており、銀河内部のガスに関する情報はまだまだ乏しい状態でした。特に、銀河全体にわたって広がる「薄い(密度の低い)ガス」から、新たに誕生する星の直接的な素となる「濃い(密度の高い)ガス」の塊を作る「高密度ガス形成」が、銀河のどのような場所で、どれくらいの規模で起きているのか、といったことがまだあまりわかっていませんでした。 このような状況の中、野辺山45m電波望遠鏡に、FOREST という新しい受信機が搭載されました。FORESTの最大の特徴は、上記の「薄いガス」と「濃いガス」を、高い感度で同時に観測できることで、銀河の高精細なガス画像をきわめて効率よく獲得できます。 そこで研究チームは、45m電波望遠鏡とFOREST受信機を使い、地球から2700万光年離れたNGC2903という銀河の観測に着手しました。なお、この観測は、CO Multi-line Imaging of Nearby Galaxies (COMING)* というプロジェクトの一部として行われたものです。
研究成果 45m電波望遠鏡とFORESTの威力により、従来の観測の7分の1程度の、わずか14時間の観測で、NGC 2903 全体での「薄いガス」と「濃いガス」の分布を鮮やかに描き出すことに成功しました。図1の左は赤外線(波長8ミクロン)の画像で、銀河の全体的な構造を示したものです。図1の中央が薄いガスの画像、右が濃いガスの画像です。薄いガスは銀河全体にわたって広がっている様子が見られます。一方で、濃いガスは中心部や棒構造、渦巻腕など、銀河の中でもごく限られた場所に集中していることがわかります。 研究チームはさらに、これらの薄いガスと濃いガスの情報をもとに、ガスの濃さ(密度)を推定しました。ガスの濃さは、銀河の中心部でもっとも高く、その次に高いのが渦巻腕で、棒構造ではもっとも低くなっていることがわかりました。 最後に、このガスの濃さを、可視光と赤外線の明るさを元にして計算した「星の生まれやすさ」と比べました。すると、ガスが濃い場所ほど、星が生まれやすいということがわかりました(図2)。言い換えると、銀河の中で星が生まれやすい場所を見つけ出すためには、ガスの濃さを調べることがきわめて重要である、ということを明らかにしたのです。

本研究成果の意義 これまでにも、銀河中のガスの濃さを推定し、そのガスの濃さと星の生まれやすさがどのような関係にあるのかを調べる研究は行われてきており、ガスが濃いほど星が生まれやすいという大まかな傾向は知られていました。しかし、そうした研究では銀河全体の平均、または銀河の特に明るい中心部分のみ、といった限られた条件や場所でしか調べられていませんでした。今回、中心部だけでなく、棒構造や渦巻腕など、銀河円盤の中でもごく一般的な構造に対してガスの濃さを推定できたこと、そして同じ銀河の中の異なる場所で比べてみてもガスの濃さが星の生まれやすさと深く関わっていることを、初めて明らかにできたというのが大きなポイントです。 COMING プロジェクトは現在も観測を続けており、数多くの銀河のガス画像が得られてきています。今回、NGC2903の観測によって得られた成果が、他の銀河でも一般的に当てはまることなのかどうかも含めて、研究チームが挑戦すべきテーマは数多く残っています。 これからも続々と報告されるであろう新たな研究成果に、どうぞご期待ください!
* COMING プロジェクトについて COMING = CO Multi-line Imaging of Nearby Galaxies (近傍銀河の多輝線分子ガス撮像観測)は、45m電波望遠鏡とFOREST受信機を使い、距離が比較的近い200個以上の銀河の電波画像を獲得するプロジェクトです。この電波画像をもとに、銀河全体でどの程度の分量のガスが存在するのか、さらにそのガスがどのような性質を持ち、どのように銀河進化に寄与するのか、などを詳しく調べることを目的としています。現在では、上記の研究機関に加えて、名古屋大学や台湾中央研究院の研究者も参加し、観測を続けています。
新マルチビーム受信機FOREST 45m電波望遠鏡の新しい100GHz帯のマルチビーム超伝導受信機であるFORESTは、野辺山宇宙電波観測所の南谷哲宏助教を中心とする研究グループによって、国立天文台先端技術センター、大阪府立大学宇宙物理学研究室などと共同で開発されました。2015年4月からCOMINGプロジェクトなどのレガシー観測で使用開始、2016年1月から共同利用観測での提供を開始しました。 この受信機は、4ビーム、縦・横両偏波、上・下両サイドバンド分離型の受信機で、観測帯域が8 GHz 幅(従来は4 GHz 幅)と広く、「薄いガス」と「濃いガス」などを見分ける複数の輝線を同時に、かつ、広い範囲のマッピング観測に適したシステムとなっています。マッピングの観測効率としては、従来の1ビーム受信機に比べて約4倍、複数輝線同時の場合には、さらにその輝線数倍に向上しており、天の川や、近傍の銀河を、複数の輝線で、同時にマッピング観測するのに、非常に強力な観測装置となっています。 この受信機は、2007年に設計検討が開始され、2011年4月に天体からの信号を初めて受信しました。(ただし、この時は片偏波のみ。)その後、実用化に向けて受信機の性能向上を進め、2015年4月から、レガシー観測で使用開始、2016年1月からは、共同利用観測装置として、広く世界中の研究者に公開されました。さらに、2016年12月からの観測シーズンでは、様々な観測に対応するために分光計の設定をより柔軟に設定できるようになり、複数輝線同時観測の機能が強化されました。

研究論文について 本研究成果は、2016年10月発行の日本天文学会欧文研究報告誌『Publication of the Astronomical Society of Japan』に掲載されました。論文の題目、および著者と研究当時の所属は以下の通りです。 "CO Multi-line Imaging of Nearby Galaxies (COMING). I. Physical properties of molecular gas in the barred spiral galaxy NGC 2903" 『Publication of the Astronomical Society of Japan』, 2016, vol. 68, 89 村岡和幸(大阪府立大学 助教) 徂徠和夫(北海道大学 准教授) 久野成夫(筑波大学 教授) 中井直正(筑波大学 教授) 中西裕之(鹿児島大学 准教授) 武田美保(大阪府立大学 大学院生) 柳谷和希(大阪府立大学 大学院生) 金子紘之(国立天文台野辺山宇宙電波観測所 研究員) 宮本祐介(国立天文台野辺山宇宙電波観測所 研究員) 岸田望美(北海道大学 大学院生) 畠山拓也(筑波大学 大学院生) 梅井迪子(北海道大学 大学院生) 田中隆広(筑波大学 大学院生) 冨安悠人(筑波大学 大学院生) 齊田智恵(鹿児島大学 大学院生) 上野紗英子(鹿児島大学 大学院生) 松本尚子(国立天文台/山口大学 研究員) SALAK Dragan(関西学院大学 助教) 諸隈佳菜(国立天文台チリ観測所 研究員)
また、FOREST受信機の詳細な仕様についての論文は、2016年12月発行のProceedings of SPIE シリーズに掲載されました。論文の題目、および著者と研究当時の所属は以下の通りです。 “Development of the New Multi-Beam 100 GHz Band SIS Receiver FOREST for the Nobeyama 45-m Telescope” Proc. SPIE, Vol. 9914, 99141Z (2016) ( http://doi.org/10.1117/12.2232137 ) 南谷哲宏(国立天文台野辺山宇宙電波観測所 助教) 西村淳(国立天文台野辺山宇宙電波観測所 研究員) 宮本祐介(国立天文台野辺山宇宙電波観測所 研究員) 金子紘之(国立天文台野辺山宇宙電波観測所 研究員) 岩下浩幸(国立天文台野辺山宇宙電波観測所 主任研究技師) 宮澤千栄子(国立天文台野辺山宇宙電波観測所 技師) 西谷洋之(国立天文台野辺山宇宙電波観測所 技術員) 和田拓也(国立天文台野辺山宇宙電波観測所 技術員) 藤井泰範(国立天文台先端技術センター 主任研究技師) 高橋敏一(国立天文台先端技術センター 技師) 飯塚吉三(国立天文台先端技術センター 研究技師) 小川秀夫(大阪府立大学 教授) 木村公洋(大阪府立大学 研究員) 上月雄人(大阪府立大学/国立天文台 大学院生) 長谷川豊(大阪府立大学 大学院生) 松尾光洋(鹿児島大学/国立天文台 大学院生) 藤田真司(筑波大学/国立天文台 大学院生) 大橋聡史(東京大学/国立天文台 大学院生) 諸隈佳菜(国立天文台チリ観測所 研究員) 前川淳(国立天文台野辺山宇宙電波観測所 専門研究職員) 村岡和幸(大阪府立大学 助教) 中嶋拓(名古屋大学 助教) 梅本智文(国立天文台野辺山宇宙電波観測所 助教) 徂徠和夫(北海道大学 准教授) 中村文隆(国立天文台理論研究部 准教授) 久野成夫(筑波大学 教授) 齋藤正雄(国立天文台野辺山宇宙電波観測所 所長/准教授)
関連リンク
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