サイト内の現在位置

銀河の衝突で作る星の材料

[概要]
国立天文台宇宙電波観測所の金子紘之研究員を中心とする、筑波大学、総合研究大学院大学、 名古屋大学、上越教育大学からなる合同研究チームは、野辺山45m電波望遠鏡を用いた観測によって、 衝突し始めの銀河では、衝突前からあった水素原子をもとにして、水素分子が効率的に作られていることを明らかにしました。 また、ふたつの銀河がぶつかり始めた時に、衝撃波がそれぞれの銀河中に広がっていったことが原因である可能性が高いことも 明らかになりました。銀河が衝突すると太陽のような恒星が数多く誕生することが知られていますが、 その原因解明に向けた重要なカギとなる研究結果です。

fig2right-1024

[背景]
私たちの住む太陽系が属している天の川銀河(銀河系、と呼ぶこともあります)は、「ご近所」銀河の一つ、 アンドロメダ銀河に向かって近づいていて、数十億年後には衝突するだろう、と予想されています。このように、 太陽のような恒星が数百億個も集まってできている銀河の世界、そこでは重力によって近くの銀河同士がぶつかりあう、 ということが頻繁にあります。そのような衝突している銀河は、重力でお互いに影響を及ぼしあっている、 ということから「相互作用銀河」と呼ばれています。相互作用銀河は様々な形にゆがめられている、 という見た目の面白さだけでなく、「銀河の進化」、例えば二本腕の構造を作ったり、渦巻型から楕円型にしたり、 といった銀河の性質を変えることに大きな影響を与えることがわかっています。 相互作用銀河の最も面白い性質の一つに、衝突していない銀河に比べると、 相互作用銀河の中では恒星が非常に多く誕生しているというものがあります。 この現象は30年くらい前から知られるようになりましたが、それがなぜ起こるのか、という大きな謎が残っています。 恒星は分子ガスが集まることで作られるので、銀河同士の衝突で恒星ができやすくなる、 ということは、銀河の衝突の影響が分子ガスにも及んでいるはずです。一方、これまでに行われてきた観測では、 すでに恒星をたくさん作っている状態の、衝突がかなり進んだ相互作用銀河に偏っていました。 これでは恒星ができた影響で分子ガスの性質が変わってしまったのかもしれず、何が原因かを調べるには適していません。 このような背景の中、研究グループでは衝突によって分子ガスがどのような影響を受けているかを調べるために、 恒星がまだあまり作られていない衝突し始めの相互作用銀河をねらって、 野辺山45m電波望遠鏡を使って分子ガスの観測を行いました。(得られた分子ガスの分布に関しては、 「衝突する銀河の分子ガスの分布を明らかに」 もご覧ください)

[観測成果]
この研究では、アメリカのVLA望遠鏡で撮られた水素原子ガスのデータを組み合わせて、 銀河の中で分子ガスの質量が水素ガス全体(水素原子ガス+水素分子ガス)の質量のうちどれくらいの割合で占められているか、 を衝突し始めの相互作用銀河について調べました。 まず、ひとつひとつの銀河全体で比べてみると、相互作用銀河では衝突していない銀河に比べて 分子ガスの割合が高くなっていることがわかりました(図1)。水素ガスの総量には差が無いので、 この結果は水素原子ガスが減って水素分子ガスが増えた、ということを示しています。

fig1-384
図1. 相互作用銀河と衝突していない銀河において、水素ガス全体に対する水素分子ガスの割合を比較したもの。

次に、どこでそのような変化が起こっているかを調べるために、全水素ガス中に占める分子ガスの割合の空間分布を図2に示します。 衝突していない銀河では典型的に図2上のように、銀河の中心から外に行くにつれて分子ガスの割合が減っていく様子が見られます。 それに対して、相互作用銀河では、図2下のように銀河全体で分子ガスの割合が高かったり、そもそも複雑な分布になっている様子が見られます。 銀河の衝突によって銀河全体に対して影響が及んでいることが明らかになりました。

fig2left-1024
図2(上). 衝突していない銀河での水素ガス全体に対する水素分子ガスの空間分布の例(NGC 5055)。+印は銀河の中心を表しています。
fig2right-1024
図2 (下). 相互作用銀河での水素ガス全体に対する水素分子ガスの空間分布。+印は銀河の中心を表しています。

では、どうやって水素原子ガスから水素分子ガスを作ったのでしょう? 手がかりは場所ごとの水素ガスの総量と分子ガスの割合の関係です。 衝突していない銀河では図3左のように右肩上がりの関係が見られます。 ところが、相互作用銀河の中には右肩下がりの関係を持つ銀河が見られました(図3右)。これはこれまで報告されたことが無く、 今まで使われていた理論モデルでは説明できません。研究グループでは、銀河衝突によって衝撃波が起こり、銀河全体に広がっていくと考え、 その効果を理論モデルに組み込んでみました。その結果、観測結果を再現できることがわかりました。 つまり、相互作用銀河では衝撃波が水素原子ガスを圧縮する作用によって効率的に水素分子ガスへと変換させていることが明らかになったのです。

fig3mol_gas-768
図3.衝突していない銀河(NGC 5055)と相互作用銀河(NGC 5395)の場所ごとの水素ガスの量と水素分子ガスの割合をプロットしたもの。

[研究成果の意義]
銀河同士の衝突によって太陽のような恒星がたくさん生まれることは知られていましたが、 恒星の素となる分子ガスをどうやって用意するのか、はっきりとした原因がわかっていませんでした。 今回、衝突し始めの相互作用銀河を銀河の中まで空間的に分解して分子ガスを観測したことによって、 初めて相互作用銀河では銀河全体にわたって分子ガスが原子ガスから効率よくつくられていることを明らかにしました。 さらに、その原因が衝撃波によるものである、と突き止めたことは大きなポイントです。
これまでの研究では、銀河衝突によって分子ガスが濃くなって効率よく恒星を生み出している、 というシナリオが一般的でした。(ガスが濃くなると星が生まれやすい、 という関係については本研究メンバーも参加しているCOMINGプロジェクトの成果 「銀河の「薄いガス」と「濃いガス」の同時観測に成功!」もご覧ください) しかし、この研究成果は、恒星の素となる分子ガスが多くなったために、単純にできる恒星も多くなった、 というシナリオがありうることを示しています。 果たして真実はどちらなのでしょうか?それとも両方とも起こっているのでしょうか?  COMINGプロジェクトでは、この問題についても解明を目指しています。

[論文・研究メンバー]
この観測成果は、以下の内容で2017年8月発行の日本天文学会欧文研究報告誌 『Publication of the Astronomical Society of Japan』に掲載されました。論文の題目、および著者と所属は以下の通りです。

論文名:
"Properties of molecular gas in galaxies in the early and mid stages of interaction. II. Molecular gas fraction" 『Publication of the Astronomical Society of Japan』, 2017, vol. 69, 66

研究メンバー:
金子紘之(国立天文台野辺山宇宙電波観測所 特任研究員)
久野成夫(筑波大学 教授)
伊王野大介(国立天文台チリ観測所/総合研究大学院大学 准教授)
田村陽一(名古屋大学 准教授)
涛崎智佳(上越教育大学 教授)
中西康一郎(国立天文台チリ観測所/総合研究大学院大学 准教授)
澤田剛士(国立天文台チリ観測所/合同アルマ観測所 助教)

[関連リンク]
衝突する銀河の分子ガスの分布を明らかに
銀河の「薄いガス」と「濃いガス」の同時観測に成功!