世界最大級の電波写真集が描き出す銀河における星の誕生過程
[概要] 私たちの研究グループは国⽴天⽂台野辺⼭宇宙電波観測所45 m 電波望遠鏡を使って127 個という 世界最⼤級の個数の銀河について電波写真を撮影しました。銀河は天の川銀河のように多数の恒星と ガスから成り⽴っています。電波撮像観測を⾏うと、銀河を形作る恒星が⽣まれるもとになる低温の分⼦ガスが、 銀河の中のどこでどのように分布しているのか、また分⼦ガスの密度や温度といった性質を知ることができます。 これまでに撮られたデータからは、分⼦ガスの密度が低いため恒星を作りにくい領域が銀河内部のあちこちにあることがわかりました。 現在、最終のデータ解析中ですが、多数の銀河のデータを⽐較することで、銀河の中のどこでどのようにして恒星ができてきたのかということを 解明する⼿がかりが得られると期待されます。
[銀河とその姿] 星とガスの⼤集団である銀河は多様な姿をしていますが、その多様性の起源についてはまだよく わかっておらず、解明しなければならない重要な課題です。可視光で観測される銀河は、円盤型(渦 巻状の腕構造を持っています)、楕円型、不規則型などの形状を⽰しています。さらに、同じ円盤型 に分類されている銀河でも⽴派な2 本の腕を持つものもあれば、短い多数の腕が渦状になった円盤 を持つもの、さらに、内側にラグビーボールのような構造(棒状構造)を持つものなどいろいろで す(図1)。可視光で⾒えているものは主に銀河の中に存在する恒星ですので、このような銀河の形 状の多様性は、銀河によって恒星の分布がさまざまに異なっていることを⽰しています。銀河によ ってなぜこのように恒星の分布が異なるのかということについては、実はまだよくわかっていませ ん。
[分子ガスの観測] この問題を解き明かすためには、恒星の⽣まれるもとになる低温のガス(=主に分⼦から成るガ ス)を観測し、銀河の中のどこでどのようにして恒星が⽣まれるのかということを調べることが必 要になります。恒星は表⾯温度が数千度から数万度、その内部は1 千万から数千万度と⾮常に⾼温 ですが、もともとは摂⽒マイナス260 度くらいのとても冷たい分⼦ガスから⽣まれることがわかっ ています。そのような低温の分⼦ガスは可視光では観測することができませんが、ミリ波と呼ばれ る波⻑が数ミリ程度の電波なら観測できます(図2)。実際には、分⼦ガスの主要な成分である⽔素 分⼦は、このような低温では電磁波を放射することができませんので、⽔素以外の分⼦としては存 在量が多い⼀酸化炭素分⼦12C16O(注)が放射する電波を観測することで、 分⼦ガスが銀河のどこにどのくらい存在し、どのような運動をしているのかということを推定しています。
(注)ここで元素記号の前についている⼩さな数字は、質量数(原子核を構成する陽子と中性子の合計)です。後述の同位体は、構成する元素の中性⼦の数が異なる、 つまり質量が異なるものです。より中性⼦が多いものは⼀般に量が少なくなります。
[銀河の分子ガス撮像観測の困難] 可視光と異なり、⼀酸化炭素分⼦の放射する電波を観測して「電波写真」を撮るのは難しく、こ れまで銀河の分⼦ガス写真は⾼々100 天体ほどしか観測されてきませんでした。このため、銀河に おける分⼦ガスについては個々の銀河の特徴なのか銀河に普遍的なものなのか、判別するのが困難 な状況になっています。可視光では使える検出器の画素数が⾮常に多いため、天体の⽅向に望遠鏡 を向けて露光すると写真が撮れます(例えば、デジタルカメラの画素数が1600 万画素というのは 縦横それぞれ4000 画素が並んでいるわけです)。それに⽐べて、電波の検出器の場合、画素数は多 くても30 画素程度で、多くの望遠鏡では1 画素から数画素しかありません。このため可視光のよ うに天体の⽅向に望遠鏡を向けただけでは写真になりません(図3)。そこで、電波の「写真」を撮 るためには望遠鏡を⽬的の天体の周辺で少しずつずらして観測します。このため、1 つの銀河の電 波写真を撮るためには、相当の時間がかかってしまい、これまで観測が進んできませんでした。
[近傍銀河の詳細な分子ガス探査に挑む] 私たちの研究グループは、国⽴天⽂台野辺⼭宇宙電波観測所45 m 電波望遠鏡を使って、⽐較的 距離の近い約240 個の銀河の分⼦ガス写真を撮り、銀河において分⼦ガスがどのように分布・運動 し、どのような性質を持つのかを調べ、銀河の中で恒星が⽣成される過程を明らかにすることを⽬ 指したプロジェクト「近傍銀河の複数輝線分⼦ガス撮像観測(CO Multi-line Imaging of Nearby Galaxies (COMING))」を実施しました。45 m 電波望遠鏡に新たに搭載された4 素⼦受信機 FOREST は⾼感度で受信帯域が広く、⼀酸化炭素分⼦だけでなくその同位体分⼦ (13C16O、12C18O) のスペクトル線も同時に観測することができます。 これらの同位体分⼦は、12C16Oよりも分⼦ガス の塊(分⼦雲)のより内側まで⾒通すことができる、つまり、より⾼密度の分⼦ガスを観測するこ とができます。FOREST を使って、望遠鏡を動かしながらデータを取り続ける「OTF」という特 別の⽅法を⽤いることで、これまでにない多数の銀河の観測が実現できるようになり、加えて、同 位体分⼦の同時観測によって密度や温度といった分⼦ガスの性質まで⼀緒に調べられるようにな ったのです。COMING プロジェクトチームは、これまでの経験を活かしながら、観測⽅法やデー タ解析⽅法を⼯夫することで、観測も膨⼤なデータの解析も⾮常に効率的に⾏えるようにしました。 観測装置の性能が当初⽬標にやや届かなかったこと、天候不順などにも阻まれましたが、本観測は 127 個という多数の銀河の撮像をもって本年3 ⽉に終了しました。
[COMING の初期成果] 現在、最終のデータ解析が進⾏中です。⼀酸化炭素分⼦の同位体のスペクトル線も併せて銀河の 広い領域を撮像したおかげで、分⼦ガスの性質は銀河の中で決して⼀様ではないこと、また、銀河 によっても異なることがもう既に明らかになってきています。全ての銀河の分⼦ガス写真が完成す るのは間もなくですが、いくつかの銀河については新しい結果が出始めています(図5、図6) 12C16O の観測だけでは、分⼦ガスの分布はわかりますが、分⼦ガスの密度や温度といった性質 についてはわかりません。⼀⽅、同位体の観測も⾏うと分⼦ガスの密度や温度を推定することがで きます。私たちは、同位体を同時に観測できる強みを活かして、個々の銀河の中で中⼼部、渦巻腕、 棒状構造といった領域ごとを⽐べ、分⼦ガスの性質が異なることを明らかにしました(図7)。
[今後の展望] データ解析が間もなく完了し、系統的な観測で得られた100 個を超える銀河について、新しい知 ⾒が得られることが期待されます。例えば、これまでは銀河内のどこでも、あるいは異なる銀河ど うしでも、極端な例を除けば分⼦ガスは同じような性質を持っているとして扱ってきました。情報 が不⾜していたのでそうせざるを得なかったとも⾔えますが、分⼦ガスの性質が異なれば実は 観測から求められる分⼦ガスの量も変わってきてしまいます。私たちはそれぞれの銀河における分⼦ガ スの量や性質をより精度よく明らかにすることで、銀河の中で分⼦ガスから恒星が⽣まれる過程を 明らかにできると期待しています。さらに、遠⽅の銀河、つまり過去の銀河の観測結果と⽐べるこ とで、銀河がどのように姿を変えてきたのかということを明らかにしたいと考えています。
[研究メンバー] 徂徠和夫(そらい・かずお) 北海道大学大学院理学研究院 / 筑波大学数理物質系/数理物質融合科学センター・准教授 久野成夫(くの・なりお) 筑波大学数理物質系/数理物質融合科学センター・教授 村岡和幸(むらおか・かずゆき) 大阪府立大学大学院理学系研究科・助教 宮本祐介(みやもと・ゆうすけ) 国立天文台野辺山宇宙電波観測所・特任研究員 ほか、COMINGチームメンバー
[関連リンク] 北海道大学理学研究科宇宙物理学教室徂徠研究室 衝突する銀河の分子ガスの分布を明らかに 銀河の「薄いガス」と「濃いガス」の同時観測に成功!