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星形成プロジェクト:近傍星形成領域の電波地図作り

概要
国立天文台野辺山宇宙電波観測所の45メートル電波望遠鏡を用いた観測研究で、星が誕生する領域の詳細な電波地図が得られました。 これは、世界最高の解像度で描いた広域の電波地図です。 宇宙空間は真空ではなく、平均で1立方センチメートルあたりに気体分子が1個程度という希薄なガスが存在しています。 そしてそのガスの中のところどころには、濃い「星間ガス雲」が漂っています。太陽のような恒星は星間ガス雲から生まれますが、 その誕生の過程は可視光線などでは見ることができません。しかし、電波の波長域では強い放射をするため、電波望遠鏡の格好の観測対象となります。 国立天文台をはじめ、東京大学、東京学芸大学、茨城大学、大妻女子大学、新潟大学、名古屋市立大学など多くの大学の研究者で構成される研究チームは、 野辺山宇宙電波観測所45メートル電波望遠鏡による観測データから、オリオンA領域、わし座領域(Aquila Rift)、 M17領域という3つの星形成領域の星間ガス雲について、詳細な電波地図を作成しました。特にオリオンA領域については、 米国を中心とする国際チームと連携して、米国のCARMA電波干渉計で取得した高解像度の観測データとの合成を試みました。その結果、 今までにない精細なオリオンA領域の電波地図を作り上げることに成功しました。この地図では、 約3200天文単位という太陽系の60倍のサイズに相当する細かい構造まで、ガス雲を分解できています。 アルマ望遠鏡は世界最高の解像度を誇りますが、視野が狭いために広い領域の観測には長い時間が必要です。 そのような長い観測時間を確保するのは実際には無理なので、アルマ望遠鏡を使って今回のような規模での広域の電波地図を作ることはできません。 今回作成した電波地図は、オリオンA領域の星間ガス雲を世界最高の解像度で描いた広域電波地図と言えるでしょう。 国立天文台は、45メートル電波望遠鏡で得た観測データを次世代の研究の土台として残すことを目的とした「レガシープロジェクト」を、 2014年から2017年にかけて進めてきました。今回の成果はその一つで、 太陽系近傍の星形成領域について詳細な電波地図作りを進める「星形成プロジェクト」によるものです。

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図1. 「星形成プロジェクト」による3つの領域(オリオンA領域、わし座領域(Aquila Rift)、 M17領域)の一酸化炭素輝線強度の電波地図。 背景に、実際の観測時に撮影した星空の写真を重ねています。(クレジット:国立天文台)
研究成果と今後

オリオンA領域
オリオンA領域の観測では、CARMAと野辺山のデータを合成した地図を使って、約2000個もの高密度コアの同定に成功しました。 これまでの星形成のモデルでは、コアが重力的に束縛されると星ができるといわれていました。 しかし、今回発見したコアはほとんどが重力だけでは束縛されておらず、周囲のガスの圧力で閉じ込められているコアでした。 そのようなコアがどのように形成され、星を生み出すかについてはまだよくわかっていません。 また、同定したコアの典型的な質量はのちに生まれてくると期待される星の質量よりも小さいものでした。 つまり、これらのコアから最終的に星になるには、周りのガスを取り込んでより重くなる必要があることもわかってきました。 さらに、星誕生時に放出される原始星アウトフローを44個見つけました。うち17個は今回の研究で初検出されたものです。 これらの原始星アウトフローが周囲のガスをかき乱し、高密度コアの形成などに大きな影響を及ぼしていることがわかってきました。
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図2. CARMAと野辺山45m鏡で取得されたオリオンA分子雲の一酸化炭素輝線強度地図の大規模データ合成の様子。
左:野辺山45m鏡で取得された電波地図(空間分解能約8000天文単位)。分子雲の広がった構造が観測できるが、微細構造は見えない。
中央:CARMA干渉計で取得された電波地図(空間分解能約2000天文単位=太陽系の40倍のサイズ)。分子雲の微細構造は認識できるが、
空間的に広がった構造は全く見えない。
右:CARMAと野辺山45m鏡取得された電波地図。空間的に広がった構造と微細な構造の両方が見える。
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図3. CARMAと野辺山45m鏡で取得されたオリオンA分子雲の一酸化炭素輝線強度地図の3色合成図。 緑色は分子雲本体からの分子ガスの分布(一酸化炭素輝線強度)、 青色と赤色はそれぞれ分子雲本体から我々に近づく速度を持つ分子ガスと遠ざかる速度をもつ分子ガスの分布

Aquila Rift領域
W40とSerpens Southと呼ばれる隣接して位置する2つの星形成領域を観測しました。W40は複数のOB型星によってHII領域を形成しています。 また、 Serpens Southは近赤外線の観測で明らかになった近赤外線暗黒星雲です。 W40ではHII領域を形成するO・B型星の恒星風により時間と共にその領域が拡大・膨張し、これにより分子雲が圧縮されて次々と星形成が進んでいます。 Serpens Southは赤外線のみで観測できる、とても若い星団が付随しています。 W40とSerpens Southは、これまで個別に研究されており、2領域の関係は明らかにされていませんでした。 そこで私たちは2領域をカバーした1平方度に及ぶマッピング観測を実行し、その内部のガスの空間構造や速度構造を調査しました。 観測の結果、分子雲は2つの領域に連続的に分布しており、このことから、 W40とSerpens Southは物理的に接続している同じ系の分子雲であることが分かりました。 また、C18O分子輝線の速度構造を解析した結果、HII 領域近傍からその外側に向かう膨張する2つの分子雲シェルの存在が明らかになりました。 Serpens Southに付随する若い星団の位置は分子雲シェルの一部と良く一致することから、 その星団形成には分子雲シェルが関係している可能性が高いことを示しました。
M17領域
近赤外線暗黒星雲M17 SWexを複数の分子輝線で観測しました。M17 SWexは、近赤外線観測で明らかになったその形状が、 まるでおとぎ話に出てくる竜のようであることから、 ‘フライングドラゴン(空飛ぶ竜)’という愛称があります。 M17 SWexのような暗黒星雲は星の材料となるガスとダストがふんだんに存在することから、星がどのように誕生するのかを探るのにとても都合が良い場所です。 観測に用いた分子輝線のうちN2H+分子輝線のデータを用いて、観測領域内にまさに星が誕生する前段階である「分子雲コア」を46個同定しました。 このうち、半径が1パーセク以上、質量が太陽の1000倍以上の巨大なコアを4つ検出しました。 4つのコアは、その内部で分子ガスが非常に大きな速度(2.5 km/s以上)をもち激しい運動をしていることも分かりました。 これらの値は、大質量星形成を起こしている他の領域のコアで観測される値と同等のものですが、 これまでの研究では、M17 SWexでの大質量星の形成は確認されていません。私たちは、 M17 SWexの近赤外線の偏光測定による磁場の調査も同時に行いました。この調査結果と比較したところ、 磁場によってコアの収縮が妨げられていることがわかってきました。そのためにM17 SWexでは大質量星の形成が進行していないことが示唆されます。 さらに大きなガス雲同士が衝突している証拠も同時に発見されました。

この研究成果は、日本天文学会欧文研究報告(Publication of the Astronomical Society of Japan)特集号
「野辺山45m電波望遠鏡:レガシープロジェクトとFOREST受信機」にて2019年12月に掲載されました。
Nakamura et al. “Nobeyama 45 m mapping observations toward the nearby molecular clouds Orion A,Aquila Rift,
and M17: Project overview”
doi: 10.1093/pasj/psz057

参考ページ
野辺山45m電波望遠鏡
NRO Star Formation Legacy Project