「オリオン大星雲で探る星の誕生の秘密:星の赤ちゃんは大食漢?」
宇宙には分子雲と呼ばれる水素分子を主な構成要素とする冷たいガスの塊が存在しています。分子雲の中の特に密度が高い領域は分子雲コア(以下コア)と呼ばれており、 分子雲の中に点在しています。このコアから星の赤ちゃんが誕生し、やがて太陽のような恒星になると考えられています。そのため、コアはまさに星の卵であり、 星の誕生を調べる上でとても重要な天体です。一方、宇宙にはすでに成長している大人の星(恒星)も存在します。太陽より重い星や軽い星がありますが、 どの重さの星がどれくらいの数あるのか(星の重さ別の個体数分布)を初期質量関数と呼びます。実は、大人の星の初期質量関数は銀河系内の場所によらず、 どこでもほぼ同じであることが観測的にわかっています。しかし、このような星の初期質量関数の普遍性を解明するには、 星の卵であるコアの質量関数(コアの重さ別の個体数分布)を詳しく調べ、これらの2つの質量関数を説明する星の誕生モデルを考えることが重要となります。 これまで行われてきた様々な研究から、コアの質量関数と星の初期質量関数は同じ形をしていることがわかっています。 このことは星の誕生がコアの内部で完結することを示しており、これまで星の形成過程の標準モデルとして広く受け入れられてきました。 しかし、これらの描像は、ある程度限られた領域、かつ限られたコアの数から導かれたものでした。そのため、普遍的な星の形成過程を知るためには、 より広域かつ精細な画像を元にしたコアの質量関数を調べる必要があるのです。 今回の研究では、「星のゆりかご」とも呼ばれる代表的な星形成領域、オリオン大星雲に着目しました。 ミリ波を観測する単一鏡としては世界最大級の野辺山45m電波望遠鏡と、アメリカのCARMA干渉計の観測データを合成することで、 これまでにないほど精密かつ広域な電波画像の作成に成功しました。電波画像ではコアのような冷たいガスの分布を直接調べることができるため、 オリオン大星雲にあるコアのほぼ完全なリストを作ることができたのです。 オリオン大星雲において世界で最も精密かつ広域なサンプルから得られたリストを用いて、コアの質量関数と星の初期質量関数の詳細な比較を行いました。 その結果はこれまでの描像とは異なり、観測されたコアの質量関数と星の初期質量関数について従来の星形成のシナリオでは説明することができませんでした。 すなわち、星の赤ちゃんは星の卵に比べ、これまで考えられていたよりも重いことが明らかになったのです。このような星の赤ちゃんを生み出すためには、 星の赤ちゃんは、自分の重さ以上のガスを集める必要があります。これは、これまで考えられていた星の誕生モデルとは大きく異なる、 新しい星の形成過程の描像となります。 星の赤ちゃんがどのようにガスを集めるのか、つまり具体的な食事の様子についてはまだよくわかっていません。 今回の研究で新たにわかってきたのは、星の赤ちゃんは非常に大食漢で、自分の周りのガスを自分の体重ほども食べなければ、 太陽のような大人の星に成長できないということなのです。
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(a) 背景は国立天文台野辺山45m電波望遠鏡とCARMA(Combined Array for Research in Millimeter-wave Astronomy)のデータを合成して得られた、
オリオン大星雲の周囲の分子雲の分布。そして、本研究で同定した分子雲コアの位置を重ねて表示しています。
オレンジ色の四角形は若い星に付随する分子雲コアを示しています。また、赤色の丸と青色の+はそれぞれ、
重力で束縛された星なし分子雲コア(将来星になると思われるコア)と重力だけでは束縛されていない星なしコア(星になるかどうか不明なコア)の位置を表しています。本研究で解析を行なった領域は破線の内側です。
(b) Spitzer望遠鏡で得られた、オリオン大星雲の赤外線の画像。画像内に小さな点は星を表しています。
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(c) 本研究で得られた分子雲コアの質量の分布(緑:星なし分子雲コア、赤:重力で束縛された星なしコア)と先行観測(Da Rio et al. 2012, ApJ, 748, 14D)
で得られた星の質量分布(紫)を重ねた図。横軸は星や分子雲コアの質量を、縦軸は各質量区間における星や分子雲コアの数をそれぞれ示しています。
この研究成果は、 Takemura et al. “The Core Mass Function in the Orion Nebula Cluster Region: What Determines the Final Stellar Masses?” として、米国の天体物理学雑誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に2021年3月22日付で掲載されました。
関連リンク
野辺山45m電波望遠鏡
「オリオン大星雲で探る星の誕生の秘密:星の赤ちゃんは大食漢?」(NAOJページ)
星形成プロジェクト:近傍星形成領域の電波地図作り