星の最終進化始まりの合図を発見
概要
宇宙にある星々は、その質量の違いによって最終的な進化が異なります。太陽の8倍以上の質量をもつ星は超新星爆発を起こし、
華々しくその一生を終えます。一方、太陽と同程度の質量の星は、ガスを周囲に放出して惑星状星雲になることが知られています。
観測されている惑星状星雲の形状は様々であり、また、短時間に進化することなどから、惑星状星雲までの進化の様子については、詳細には解明されていません。
その惑星状星雲に進化する段階において、ガスを双極方向にジェット状に放出している天体が存在しています。このような天体の中で、
そのジェット中にある高速の水分子からのメーザー放射が発見されている天体は「宇宙の噴水」と呼ばれています。
「宇宙の噴水」天体は数えるほどしかないのですが、他の末期の星々に比べると、激しいガス放出が起こっていることから、
宇宙の物質循環に大きな寄与をしていることが考えられます。
鹿児島大学を中心とした国際研究グループは、この「宇宙の噴水」天体に着目し、野辺山45m電波望遠鏡にて観測を行いました。観測に先立って、
水分子からのメーザー放射とともに、一酸化ケイ素によるメーザー放射をとらえることのできるシステムを開発しました。このシステムを使って
「宇宙の噴水」天体の監視観測を実施したのです。その結果、IRAS16552-3050という天体で、
星の直近にあると考えられる一酸化ケイ素からのメーザー放射が新たに出現したことを発見しました。
これは、大規模なジェット放出が始まったところだと考えられます。つまり、惑星状星雲への進化を始める合図を発見したことになります。
今後、この天体からの一酸化ケイ素メーザーの位置などを詳細に調べることによって、
ジェットなどによる質量放出のメカニズムを明らかにすることが計画されています。さらには、
この天体を監視していくことにより、惑星状星雲への進化の様子を追跡することが期待されます。
研究の背景
進化末期における恒星は、太陽の数百倍にも膨張し、脈動変光しながら表面から激しく物質を放出します。特に太陽程度の質量を持った星は、
中心の芯だけを残し、外層の物質を星間空間に放出します。そして最終的には、この芯は白色矮星に、外層の物質は惑星状星雲に進化することにより、
星はその一生を終えます。一般的には星を中心として四方八方へ物質は放出されますが、ガスを双極方向へジェット状に噴出しつつ終末を迎えつつある
星も存在します。このような天体の中でも、ジェット中を移動する高速な水分子からのメーザー放射が見られる天体は、
「宇宙の噴水」と呼ばれています (図2など)。しかし、数千億個の星を擁する天の川銀河の中で、
「宇宙の噴水」天体はたった15個しか見つかっていません。太陽程度の質量を持つ2つの星による連星系(双子星)の場合に、
進化の途上にてこの様な天体になると考えられています。しかし、この場合、この様な天体として観測できる期間は、
これら恒星の寿命に比べて極端に短い(100年未満)はずです。メーザーとは、特定の温度・密度を保ったガス塊において、
輝線放射が増幅される電波放射機構です。そのような特殊なガス塊は偏在しているため、メーザー源は多数の微小スポットの集団として観測され、
「宇宙の噴水」天体ではジェット中に多数の水メーザースポットが観測されます。
この「宇宙の噴水」天体は、典型的な進化末期の星と比べて、極めて激しく物質を星間空間に放出しているという点も大きな特徴です。
そのため、「進化末期の星が物質を星間空間に放出し、その物質からやがて星が生まれ、
その星がまた物質を放出して」という宇宙の物質循環や天の川銀河の物質進化に極めて大きく寄与していると考えられています。
したがって、この「宇宙の噴水」天体の物質放出メカニズムやその進化状況の理解は、我々が属する天の川銀河が今までにどのような進化を遂げてきたのか、
また、これからどのような進化をしていくかの解明に繋がることが期待されます。
一般的な進化末期の星では、水メーザー以外に一酸化ケイ素メーザー源が星の直近で光っており、
星からのガス放出が継続していることを示します。しかし、この「宇宙の噴水」天体の中ではたった1天体でしか一酸化ケイ素メーザーは検出されていませんでした。
しかも、その天体W 43A (図 2)の一酸化ケイ素メーザーは現在消えてしまっており、
このような天体の中心星近傍の情報をつかむ手がかりを失ってしまっていました。そのため、星表面付近のどこからどの程度の勢いで双極ジェットが放出されるのか、
数億年から数十億年の寿命を持つ星が最終進化を遂げる期間 (数十万年間)のうち最も勢いのあるジェットが放出されるタイミングとその継続期間については、
あまりわかっていないのです。
観測結果
鹿児島大学・大阪府立大学を中心とした研究グループは、
観測に先駆けて国立天文台野辺山45m電波望遠鏡に水と一酸化ケイ素メーザーを同時観測できるシステムを開発しました。
その後国際研究チームを編成し、このシステムを使って、2018年12月からこれら「宇宙の噴水」天体らの監視観測を開始しました。
また、遠隔で望遠鏡を操作することも可能となったため、冬季-春季にかけて同じ天体を毎月監視する観測が実現しました。
観測当初は、先述したW43Aの一酸化ケイ素メーザーが復活するかもしれないと期待していましたが、こちらは消滅したままでした。
一方で、2021年3月になって、「宇宙の噴水」天体の一つであり、
ちょうこくしつ座の方向の太陽系から約27000光年の距離にあるIRAS 16552-3050 という天体(図3)で新たに
一酸化ケイ素メーザーが出現したことが確認できたのです(図4)。過去の観測時(2011年)には見られなかったので、
今回新たに出現したものと考えられます。消滅したW 43Aの一酸化ケイ素メーザーがジェット噴出口にあるノズル構造に付随していたことと、
このメーザーとスペクトル上での特徴が似ていることから、IRAS 16552-3050の星の直近から今まで確認されてきた以上の大規模ジェット放出が始まり、
そのジェット放出したガスが元々あった星周物質を激しく貫通したことによって、一酸化ケイ素メーザーが出現したと考えられます(図1)。
そのため、この新一酸化ケイ素メーザーは、星が新たな進化段階に入ったことを示唆しています。
将来の展望
今後、この新一酸化ケイ素メーザー源の位置を把握するための観測を計画しています。観測されたスペクトルの特徴から、
図1の南東側に位置する一酸化ケイ素メーザー源からの放射であると考えられます。
つまり、北西側に位置する一酸化ケイ素メーザー源からの放射は検出していません。もし、中心付近からガスが双極的に噴出ているのなら、
北西側にも一酸化ケイ素メーザー源が出現すると考えられます。将来的に、
野辺山45m電波望遠鏡をはじめ国立天文台のVERA望遠鏡や東アジア諸国の電波望遠鏡を一斉動員したVLBI(超長基線電波干渉法)観測を行い、
今回検出した一酸化ケイ素メーザーの放射源が本当に南東側なのか、また、北西側にもあるのかどうかを確認する予定です。
その位置情報から、水メーザー源を伴うジェットと一酸化ケイ素メーザー源が付随するノズル構造によって駆動される質量放出のモデルを検証することができます。
太陽程度の質量を持った星による連星系は、この様な「宇宙の噴水」へと進化し、質量の大部分を一気に放出すると考えられます。
このシナリオを確認するには、この星の性質をより正確に知る必要があります。
そのために、この一酸化ケイ素メーザー放射の強度変化をさらに監視することによって、
他の終末進化する星々の様にこの星がまだ脈動変光しているかを確かめることも重要となります。
この天体の観測を継続することで、中心付近から噴き出された大量のガスが確認され、
そのガスがその周囲のガスとともに惑星状星雲へと進化していく様子をリアルタイムで追跡できることが期待されます。
研究チーム
甘田 渓、今井 裕、濱江勇希、中島圭佑、沈 嘉耀 (鹿児島大学)、
Daniel Tafoya (オンサラ天文台)、
Lucero Uscanga (メキシコ自治大学)、
Jośe Francisco Gòmez (スペイン高等技術研究院)、
Garbor Orosz (タスマニア大学)、
Ross Burns (国立天文台/韓国天文宇宙科学研究院)
関連リンク
鹿児島大学天の川銀河研究センター 星間・星周物理学研究チーム
野辺山45m電波望遠鏡
NRO速報 No.136
NRO速報 No.137