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KAGONMAプロジェクト: 星の誕生が分子雲に与える影響範囲を知る

概要
「宇宙は真空」と言われますが、実際には非常に薄いガスが莫大な範囲に広がって存在しています。そのような広がったガスからどのようにして星が生まれるのか、星が生まれるような場所はどのような特徴があるのかを解明することは天文学の大きな課題の一つです。この課題に取り組むため、星の生まれる現場である分子雲と呼ばれる天体が、星の誕生によってどのような影響を受けるのかを調査しました。鹿児島大学を中心とした研究グループでは「分子雲の温度」に着目し、アンモニア分子が放射する電波を用いて、様々な分子雲について全体を覆う広い範囲を観測しました。この観測計画は「野辺山45m鏡を用いた鹿児島大学を中心とした天の川銀河天体のアンモニア分子輝線マッピング」の英名を略して「KAGONMA」と名づけました。 このプロジェクトによる大質量星形成領域W33での観測の結果、W33 Mainにおける分子ガスの温度上昇は、分子雲内部の星形成活動によって形成されたHII領域が原因であり、その影響範囲は限定的であることを示しています。さらに、アンモニア分子の吸収線が検出され、他の分子雲では検出されていない珍しいタイプのものであることがわかりました。この結果は、KAGONMAプロジェクトの最初の観測成果です。

研究背景とKAGONMAプロジェクト
 太陽のような自ら光る星は、宇宙空間に広がっているガスが重力で寄せ集まることで誕生します。このような星の誕生には、外部からの影響がなく星が生まれる「自発的星形成」と、外部からの影響により星の誕生が誘発される「誘発的星形成」と呼ばれるメカニズムが考えられています。誘発的星形成の中には、宇宙空間で比較的密度の高い「分子雲」と呼ばれる天体が衝突することや、大質量星が誕生することで形成される電離水素領域(HII領域)の膨張によって周囲のガスが圧縮されるといったメカニズムが提唱されてきました。
 外部から影響を受けた分子雲は周囲の環境と比べると何かしらの変化が見られると予想できます。外部からの影響だけでなく、分子雲内部での星の誕生でも周囲の環境に影響を与えるはずです。これらの影響が分子雲内部での星の誕生にどのように寄与しているのかを調べるために、星が誕生している場所だけでなく、その周辺にも存在している分子ガスを覆う広い範囲の密度や温度を調査することを考えました。特に、我々のグループでは、分子雲の温度分布に着目した観測を実施するため、アンモニア分子から放射されている電波を使いました。
 アンモニア分子は1960年代に宇宙空間で発見された3個以上の原子で構成される最初の分子です。これまでに世界中の望遠鏡によって多くの観測が実施されてきました。この分子輝線は、周波数23GHz帯の比較的狭い周波数帯域に異なる励起状態にある輝線が多く検出できることが特徴です。また、同じ励起状態にある輝線が複数本の超微細構造線に分離する分子輝線でもあります。これらの特徴によって、分子雲の密度や温度などの物理量を比較的容易に求めることができます。
 我々は、野辺山レガシープロジェクトの一つである「FUGIN」プロジェクトのデータを元に観測候補天体を72天体選出し、2016年ごろから観測を開始しました。このアンモニア分子を使った分子雲の温度分布を測定するプロジェクトを「Kagoshima galactic object survey with the Nobeyama 45-meter telescope by mapping in ammonia lines( 野辺山45m鏡を用いた鹿児島大学を中心とした天の川銀河天体のアンモニア分子輝線マッピング)」を略して「KAGONMA」と名づけました。

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図1: 大質量星形成領域W33の観測領域(左)と観測から得たアンモニア分子輝線(右)。(a): 黒枠は観測範囲、コントアはアンモニア分子輝線の積分強度、青丸は広がったHII領域の範囲を示す。背景はSpitzerで得られた8μm連続波画像。(a)内に記載されている(b)~(d)の場所で得たプロファイルを右図に示している。 (Credit: Murase et al. 2021)

観測結果
 今回は、KAGONMAプロジェクトの最初に成果として大質量星形成領域W33の観測について紹介します。W33はいて座の方向にある天体で、様々な大質量星形成段階にある若い天体が含まれている分子雲です。これらの若い天体はこれまでの研究で、W33 A, A1, Main, Main1などと呼称されています。この中のW33 Mainは過去の研究からコンパクトなHII領域があり、すでに大質量星が存在している兆候が見られることが報告されています。また、W33領域の近くには大きさ数光年程度に広がったHII領域も隣接しています。
 観測では、約30光年(10pc)平方の範囲でアンモニア分子輝線を検出することができました(図1)。観測データを解析し、温度分布を調べると、観測領域の大部分では絶対温度16〜18Kの温度を示した一方で、コンパクトな電離水素領域があるW33 Mainの周辺でのみ20Kを超える温度を示すことがわかりました(図2)。この20 Kという値は他の大質量星形成領域でも見られる温度で特別な温度ではありませんが、温度の上昇が確認できる範囲がおおよそ8光年(2.5pc)程度に限定され、その隣には影響が見られないことがわかりました。また、W33領域に隣接している広がったHII領域との境界付近で温度の上昇が見られないこともわかりました。つまり、分子雲に影響を与えるのは、分子雲内部の星形成活動によって形成されたHII領域であり、その影響範囲は限定的であることを示しています。

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図2: 観測で得た温度マップ。x印はW33領域内に存在する若い星の位置を示す。(Credit: Murase et al. 2021)

複雑な輝線と吸収線の組み合わせ
 観測で得たアンモニア分子輝線のプロファイルを一つずつ確認したところ、W33 Mainの中心部で得たプロファイルが特徴的な形状を示していることがわかりました(図1-(d))。よく確認すると、輝線の周波数の両側が凹んでいることが確認できました。このことは、輝線の両側に吸収線があることを示唆しています。吸収線が見られる分子線は多くありません。その理由として、電波観測でよく用いられる多くの分子は80GHz帯以上で輝線を放射しています。この周波数帯では分子以外に電波を放射する天体が少ないため、分子雲からは基本的に輝線が検出されます。一方、アンモニア分子は周波数が23GHzと他の分子輝線に比べて低い周波数で輝線を放射します。この周波数帯では、HII領域からの電波連続波の強度が十分に強いため、吸収線が生じることがあります。吸収線が得られると輝線だけでは得られない情報を得ることができます。吸収線は明るい電波源(ここではHII領域)より手前にあるガスのみによって生じるため、電波源の手前にあるガスと周囲に分布しているガスとの相対運動を知ることができます。一般的に、天体観測では同じ方向に見えているガスの前後を見分けることは非常に困難です。この点で、吸収線が得られることは天体観測において非常に大きな利点と言えます。

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図3: W33 Main中心部で得たプロファイルを再現した結果。左から(1,1), (2,2), (3,3)遷移線を示す。黒線は輝線成分である青線と、 吸収成分である緑線の和を示す。(Credit: Murase et al. 2021)
 観測で得たプロファイルを再現するために、どのような吸収線が輝線に重なっているのかを調べました。その結果、輝線と同じ視線速度を持ち、線幅が少し広く、強度が少し弱い吸収線を仮定すると観測結果を非常によく再現できることがわかりました(図3)。過去の研究を調べたところ、アンモニア分子の吸収線の観測例はこれまでにもありますが、今回のような輝線と吸収線が同じ視線速度を持っている例はW33 Main以外にないことがわかりました。また、同時に観測したアンモニア分子の異なる3つの遷移線のうち、最も励起状態の高い(3,3)遷移に相当するプロファイルでは吸収線の特徴を示さないこともわかりました(図3-(c))。同じ分子種であるにもかかわらず異なるプロファイル形状を示した今回の観測結果の原因については、今のところよくわかっていません。

今後の展望
現在、KAGONMAプロジェクトで取得した他の天体に対しても鹿児島大学の学生を中心に観測データを解析し、個々の天体で論文化することを進めています。今後は、温度分布を中心として、分子雲での星形成活動の特徴をまとめ、天の川銀河での星形成はどのようなメカニズムが主要なのかを明らかにしていきたいと考えています。また、今回のW33 Mainで見られたような分子吸収線にも注目し、HII領域前後における分子ガスの特徴に関して更に深く議論できるのではないかと期待しています。

以上の内容は、 Murase et al. 2021. “Kagoshima galactic object survey with the Nobeyama 45-metre telescope by mapping in ammonia lines (KAGONMA): star formation feedback on dense molecular gas in the W33 complex” として、英国王立天文学月報誌(Monthly Notices of the Royal Astronomical Society)に2021年12月に掲載されました。また、このグループの関連した研究として、ふたご座にある複合電離水素領域 Sh 2-255/Sh 2-257 の成果もKohno et al. 2022. “Ammonia mapping observations toward the Galactic massive star-forming region Sh 2-255 and Sh 2-257”として日本天文学会欧文研究報告(Publication of the Astronomical Society of Japan)に2022年2月に受理されています。

研究チーム
村瀬 建、半田利弘、面高俊宏、平田優志、西潤弥(鹿児島大学)
仲野 誠(大分大学)
砂田和良(水沢VLBI観測所)
島尻芳人(国立天文台)
河野樹人(名古屋市科学館)

関連リンク
鹿児島大学大学院 理工学研究科附属 天の川銀河研究センター
野辺山45m電波望遠鏡