概要
ベトナム宇宙量子通信・天文学研究所(IAS)所長の Quang Nguyen Luong 博士、ベトナム科学技術アカデミー物理学研究所(Institute of Physics, VAST)所長のDinh Van Trung 教授を中心とするベトナム研究チームと、国立天文台(NAOJ)の中村文隆博士を中心とする国際研究チームは、空で2番目に強い電波を発する炭素星(脚注1)である「CIT 6」の広帯域電波スペクトルサーベイを行い、この星を取り巻くガス層の化学プロセスに関する新たな知見を得ました 。本研究は、野辺山45メートル電波望遠鏡に新しく搭載された日本と台湾によって国際共同開発された「eQ(extended Q-band)受信機」による重要な初期科学成果の一つです 。
死にゆく星の周囲に広がる「化学工場」
太陽のような恒星は一生の終わりに「漸近巨星分枝(AGB)星」(脚注2)へと進化し、周囲に複雑な分子を合成する「化学工場」の役割を果たします。これまで、炭素星における詳細な化学組成の調査は、ミリ波・赤外線域において全天で最も明るい炭素星IRC+10216(しし座CW星)という特定の星に限定されており、その化学進化のプロセスが他の炭素星にも共通するかどうかについては、十分に理解されていませんでした。
そこで、今回、高感度新受信機eQを用いて、2番目に明るいCIT 6(こじし座RW星)において、30-50 GHz(波長6-10 mm)帯で初めて無バイアスな分子検出を行い、分子存在量の比較を行いました。その結果、異なる炭素星であっても同様の化学進化を辿ることがより確実に示されました。今後、同様の観測を拡張することで、次世代の星や惑星の材料となる物質供給の普遍的な姿が見えてくると期待しています。

図1. CIT 6の想像図。星から噴き出たガス内で複雑な分子が形成される様子を表している。
新受信機eQが捉えたCIT 6の素顔
研究チームは、野辺山45メートル電波望遠鏡の新受信機「eQ」を用いて、CIT 6の高感度観測を実施しました。この受信機は、世界最高峰の性能を誇るALMA望遠鏡(アタカマミリ波サブミリ波干渉計)のBand 1(35–50 GHz)受信機に匹敵する高感度を備えつつ、より広い周波数帯域を観測できるという特長があります。この「広帯域性」を活かすことで、多数の分子からの信号を極めて効率的に、かつ網羅的に捉えることに成功しました。
- 観測の結果、CIT 6の周囲において多様な分子の放射線が検出され、分子の存在量や同位体比、温度などが明らかになりました 。IRC+10216と比較した主な成果は以下の通りです。
- 物理的進化に伴う化学組成の変化: CIT 6の分子存在量はIRC+10216よりも全体的に10分の1ほどと低く、CIT 6がより進んだ進化段階にあることを物語っています。進化が進むと放出されたガスが周囲へ広がって密度が下がるため、遮られることなく届く星からの紫外線が広範囲の分子を壊してしまい、結果として分子存在量が低く抑えられると考えられます。
- ケイ素・硫黄分子の欠乏: SiSやCSといったケイ素や硫黄を含む分子が著しく減少していることが分かりました 。これは、これらの分子が塵に取り込まれたり、星の周囲の衝撃波によって破壊されたりしている可能性を示しています。
- 炭素鎖分子(脚注3)の維持: 一方で、HC5NやHC7Nといった長い炭素鎖分子は比較的豊富に残っており、進化した環境でも炭素鎖化学が効率的に働いていることが確認されました 。
- 星の内部情報の抽出: 炭素同位体比(12C/13C)が低く、ケイ素同位体比(28Si/29Si)も太陽系よりわずかに低いことが判明しました。これらは星の内部で起こっている核融合プロセスの特徴を反映しており、星の進化の歴史を知る手がかりとなります 。たとえば、核融合で生成された元素では13Cの比率が高く、CIT6でも内部から汲み上げられたガスが多いことが確認でき、炭素星の進化の特長をよく表しています。ケイ素の同位体比は、星が誕生した場所(銀河系内の位置)や、その星の親となった世代の星々による銀河化学進化の歴史を反映しているかもしれません。
今回の観測により、異なる進化段階にある2つの炭素星が類似した分子存在量比を示したことから、炭素星における分子形成プロセスには共通性があり、かつ中心星からの紫外線がその形成過程に決定的な役割を果たしていることが確認されました。今後はeQ受信機の高感度・広帯域という特長を最大限に生かし、進化段階の異なる多くの炭素星を調査することで、この化学的特徴が普遍的なものか、星本体からの紫外線や星周ガスの構造などの他の要因が関与するのかを解明し、炭素星を通じた宇宙の元素供給プロセスの解明を目指します。
今後の展望
今回の成果は、eQ受信機が星周外層の化学組成を包括的に調査する上で、非常に強力なツールであることを証明しました 。また、本研究は、新規に設立されたベトナムの研究機関、宇宙量子通信・天文学研究所(IAS)と国立天文台の間で深まりつつある科学的パートナーシップにおける重要な節目となります 。
今後、両国の研究チームはベトナムで計画されている広帯域低周波天文学検出実験(BLADE)プロジェクトなどを通じて、星間化学や宇宙構造の解明に向けたさらなる共同研究を進めていく予定です 。

図2. 国際会議における中村准教授とQuang Nguyen Luong氏。図2右: ベトナム・クイニョンにあるベトナム国際学際科学教育センター(ICISE, International Centre for Interdisciplinary Science and Education)にて。左側がQuang Nguyen Luong氏、右が中村准教授。
論文情報
タイトル: “A spectral-line survey of CIT 6 between 30 and 50 GHz with the eQ receiver at NRO 45 m”
著者: Quang Nguyen-Luong (IAS Vietnam), 中村文隆 (国立天文台), 谷口琴美 (国立天文台) ほか
掲載誌: Astronomy & Astrophysics, Volume 706, Article A127 (2026)
DOI: https://doi.org/10.1051/0004-6361/202558033
脚注
脚注1:炭素星とは、主に漸近巨星分枝(AGB)段階と呼ばれる「星の進化の終末」に近づいた星で、星内部の核融合で生成された炭素が対流によって表面へ運ばれ、大気中の炭素量が酸素を上回る(C/O > 1)天体です。強い質量放出を伴い、放出されたガスが円盤状の星周ガス構造を作り、最終的には惑星状星雲へと進化します。炭素分子や炭素ダストが青い光を効率的に吸収するため赤く見え、星間空間へ炭素や重元素を供給することで、宇宙の化学進化に重要な役割を果たします。
脚注2: 漸近巨星分枝(AGB)星とは、太陽のような星が一生の終盤に大きく膨らんだ状態にある段階の星のことで、内部で合成した炭素などの元素を猛烈な勢いで宇宙空間へと放出しています。明るさが大きく変わる変光星の多くは、AGB星です。この放出された物質が次世代の星や惑星、さらには生命の材料となるため、宇宙における「元素のリサイクル工場」のような重要な役割を担っています。
脚注3:炭素鎖分子は炭素原子が数珠つなぎに結合した鎖状の構造を持つ分子。宇宙空間の冷たい分子雲や炭素星を取り巻くガスの中に豊富に存在している。電波観測では HCnN(シアノポリイン, nは整数)などが代表的で、複雑な有機分子へと進化するための中間体と考えられている。



